バオバブ並木の夕焼けと星の王子様
バオバブ並木の夕焼け
愛し合うバオバブの木に別れを告げ、われわれは再びバオバブ並木道に向かった。マダガスカルで一番ドラマチックな景色と言われる、バオバブ並木の夕焼けを見るためだ。
普段、東京のオフィスで仕事に追われていると、夕焼けをのんびり眺める余裕なんてありません。いつの間にか日が暮れて、気がつけば夜になっているという毎日の繰り返しだ。
夕陽を見る事が目的なんて、普段のそんな生活から考えたらとんでもなく生産性の低いことだと思う。でもその価値観のギャップが大きければ大きいほど、旅の感動も大きくなるというものだ。
バオバブ並木に到着すると今まさに夕暮れ時が始まろうとしていた。
ナイスタイミング!
赤茶けた大地から茜色の空にそびえるバオバブの木。その太い幹に夕映えの光が反射して、瞳の中の網膜いっぱいに広がる。こんな幻想的な風景が地球上にあるんなんて!
さらにタイミングよくカサバラ族の少年が手作りギターで音楽を奏でる。その美しい旋律は、赤く染まるバオバブと、黄昏の空気と、はかなく満ち溢れる光と、風の匂いとひとつになって、シンフォニーのように心に響く。
「星の王子さまの住んでる星にもバオバブの木が生えてるんだって」
「こんなに大きな木?」
「もっと小ちゃい赤ちゃんのバオバブ。その星はとても小さい星なんだ」
「どれくらい小ちゃいの?」
「星の王子様の星は家と同じくらいの大きさだって。とっても小さいので少しイスをずらすだけで、1日に何回も夕日が見れるらしい」
「おれ、そこに行ってみたい」「おれも」
宇宙
星の王子さまは、宇宙のいろんな星を旅して地球にやって来た。日が暮れて暗くなると、このあたりには人工の明りがないから、もしかしたら王子さまの星だって見えるかもしれない。
わたしたちが生きる宇宙は、今からおよそ137億年前に始まったとされる。最初は米粒ほどの大きさだったのか、それよりもっと小さかったのか、よくわかりませんが、宇宙は生まれた瞬間から今までずっと、光より速いスピードで膨張を続けているらしい。その膨張の過程で、銀河が出来、太陽が出来、星が生まれ、星には水や空気や人間やたくさんの生き物が生まれた。だから、この世に存在するすべてのものは宇宙から生まれたと考えていいのだ。
暮れなずむ大地でこがね色に輝くバオバフの老木が、おだやかにつぶやく。
大切なものは目に見えない。
大人が争いまで起こして欲しがるのは、目に見えるもの。
すべてが生まれた宇宙は、たったひとつの単純な法則で成り立っている、と。
帰り道
すっかり暗くなった帰り道、夜空を見上げカイが声を上げる。
「わーーすごい星空だよ」
「どれどれ、うわ、ほんとだ、すごいなー」
「あ、あれ星の王子さまが住んでる星じゃない?」
「夜空が美しいのは、見えない星があるから、だっけ?」
思えばタイヤのトラブルでモロンダバに引き返したから、絶妙のタイミングでバオバブ並木の夕焼けを見ることができたわけだ。まさにトラブル様様。旅でも人生でも、何がどう幸いするかわかりませんね。
サン=テクジュペリは、フランスからアメリカに亡命中「星の王子さま」を書いた。もし彼が当時フランスの植民地だったマダガスカルを訪れていたら、物語はまったく違うものになっていたかもしれない。
こどもには大人には見えない物が見えると言う。でも、マダガスカルでは、きっと大人にも子供にも同じものが同じように見えるだろうから。