子連れスカウ・キナバタンガン・ジャングル・リバークルーズ
誰が熱帯雨林を消したのか?
セピロック・オラウータン・リハビリテーションセンターを出発し、一路スカウを目指す。ここからスカウまで、車でおよそ2時間くらいの行程だ。地図で見る限り、村も町もないボルネオ島内陸の僻地なので、さぞものすごい悪路が待っているんだろうと覚悟していた。それが何とも立派で快適な道路が整備されているのでこりゃまたびっくり!よく見ると、道路の両側にずっと続いている緑は自然の熱帯雨林ではない。全部同じ、一種類の木の「森」だ。それが車で1時間飛ばしても延々と続いている。ちょっと不気味な感じさえする。
これはアブラヤシの木で、すべて人の手によって人工的に植えられたものだ。そしてこのアブラヤシのプランテーション(大規模農園)を作るために、ボルネオでは自然の森が伐採されているのだ。車でどこまで走っても景色がかわらないほど広いプランテーションということは、それだけもともとあった広大な熱帯雨林が消えてしまったことになる。
どうして貴重な熱帯雨林を伐採してアブラヤシを植えているのか?
それはアブラヤシがお金になるからだ。アブラヤシから作られるものをこぞって買ってくれる人がいるから、現地の人はどんどんアブラヤシを植える。そのアブラヤシを「こぞって買ってくれる人」というのが、ほかでもない、わたしたち日本人なのだ。つまりストレートに言うと、「日本人がアブラヤシを買うから熱帯雨林が消えている」ということになる。
そんなこと言われたって、アブラヤシなんて聞いたこともないし、わたしの生活とは無関係だと思ったあなた。あなたは今日1日、スナック菓子を口にしませんでしたか?チョコレートや冷凍食品、インスタント麺を食べませんでしたか?化粧品やシャンプー、洗剤を使いませんでしたか?わたしたちが毎日何気なく使っている日常品の多くは、アブラヤシから採取されるパーム油を原料としている。
そればかりか近年は「環境に優しい」バイオ燃料の要素としても需要が拡大し続けている。パーム油自体は石油と比べると環境に優しいかもしれないが、それを採取するために、貴重な熱帯雨林を破壊しているのだから、環境に優しい燃料を作るために環境を破壊をしているという、笑えない矛盾が生まれているのだ。
そして、ははーん、なるほど。こんな僻地にこんな立派な道路があるのもうなずける。お金になるアブラヤシを運ぶのに必要だから立派な道路が作られるということ。
これは美味しいじゃないかー
さて、その立派な道路を1時間ばかり走ったところでコーヒー休憩にしようと言う。車は道のわきにあるドライブインみたいなところで止まった。車から降りると、お店の前に置かれたテーブルに座って待ってて下さいと言う。言われるがままにしばらく座って待っていると、ガイドさんが飲み物と、カレーと揚げ物とナンみたいな粉ものを大量に運んできた。
ええ~~、そんなに!ちょとコーヒー休憩じゃなかったのぉー?、しかもコーヒーないし。(飲み物はチャイでした)
「これ、美味しいからぜひ食べてみて下さい」
いや、美味しいからって何もこんなにたくさんは無理ですよー。おれたち朝食2回食べたし、もうすぐお昼でしょ、いくらなんでもこんな量は食べれないよと思いながらも、嬉しそうにすすめてくれるものを断るのも心が痛む。じゃあ、せっかくだからとナンにカレーをつけてほうばったら、ありゃりゃ、これはきみ、美味しいじゃないかぁ!
「これはうまい!みんなも食べてみたら?」
とすすめるが、ママもこどもたちも、ここまでコテコテの東南アジア料理には手が出ない。
「いや~、どんな時でも、どんなところでも、どんな料理でも、美味しくぱくぱく食べれるというのはとっても大事だよ」
その言葉にリュウがおそるおそそる手を出して、ナンみたいなパン料理を少し口に入れる。
「あ、意外と美味しい!」
「そうだろ、人間、食わず嫌いでは自分の可能性を小さくするだけだ。どんなことでもどんどんチャレンジしないと運もツキも逃げてくぞ」
でもそこまで言っても、やっぱりママとカイは、ただ腰を引いてテーブルの上の料理を眺めているだけだった。
スカウリゾートに到着
さてそれからさらに50分くらい走ったところで車はまた停止した。
「さあ、ホテルに到着しました」
え、ここ?まわりに何もないじゃん、って言うか正確には「ここに何もない」と言うより、さっき休憩したドライブインから、「ここまでずっと」何もなかった。人も見かけなかったし、村も町も家さえなかったよ。
「スカウってこんなすごいところにあるんだ」
もちろんホテルのまわりにもお店もレストランもありません。そればかりかそのホテルの建物すら見えません。車から降りると、道路の脇に大勢のひとたちが立ってこちらを見ている。
「何事もまずチャレンジ」。さっきの言葉を思い出して、リュウがさっそうとその群衆のほうへ向かって歩き出す。それはわたしたちを出迎えてくれたホテルのスタッフたちだった。よく冷えたフルーツティーのウェルカムドリンクと、これまたよく冷えたおしぼりを渡され、リュウも上機嫌。
「こんなに歓迎されて、なんだかおれたちスターみたいじゃん!」
カイも笑いながら嬉しそうに言う。
初めてのゲストだった
今夜わたしたちが泊まるスカウリゾートは、まだ建設途中のリゾートホテル。客室がいくつか完成したので試しにゲストを受け入れ始めた、まさにそんなタイミングでわたしたちはやってきたようだ。
ボードウォークの入り口には大勢のホテルのスタッフがにこにこしながら立っている。
その恥ずかしそうに照れてる表情だけで、きっとわたしたちはこのホテルの初めてのゲストなんだろということが容易に想像できた。
ああ、いいところに泊まれるんだな~、と思いながら、スタッフたちの熱烈歓迎の拍手を受け、歩いて客室へ向かうのだった。
さあ、今夜の部屋はどんなとこだろう?
我が家が最初のゲストだったスカウリゾートでオラウータンのランチタイムを目撃
「わぁー、すげえ!」「おお、2階もあるよ」。スタッフに案内された私たちの部屋は、敷地の中で一番川の近くに建っている、1棟独立型のヴィラだった。室内に入ると大きなガラス窓から熱帯雨林の緑が鮮やかに目に飛び込んで来る。
客室の1階には、クィーンサイズのベッド2台が置かれ、わずかだがリビングスペースもある。川に面してバルコニーもある。バスルームには洗面台が2つあり、トイレとシャワーブースがそれぞれ独立している構造。バスタブはないが、清潔で使い勝手のいいバスルームだ。
ルーフテラスのある客室
階段で2階に登ると、屋根裏部屋のような作りの部屋があり、シングルベッドが2台置かれている。なんだか秘密基地みたいだね。2階からさらに上へ登る階段があったので、何だろう、と登ってみると、屋根の上に設置されたルーフテラスに出た。
「うわーいい眺め」
「風が気持ちいい」
熱帯雨林のジャングルを上から見晴らす展望テラス。キナバタンガン川が蛇行しながらそのジャングルの中を悠々と流れている様子がよく見える。
建設途中
今夜わたしたちが泊まるスカウリゾートは、キナバタンガン川のほとり、ジャングルの中に立つ野趣溢れるリゾートだ。建設途中のリゾートホテルということで、ブルドーザーや大型建設機械の音が少々うるさいのかなと覚悟していた。それがびっくりするくらい静かなのは、リゾートの建設がほとんど人間の手でおこなわれているからだ。
わたしたちが訪れた時、完成していたのは、川沿いにある4棟の独立ヴィラと、レストラン、そして道路から客室途中までのボードウォークだけ。フロント棟や、他の客室、敷地内の各施設や、客室をつなぐボードウォークなどはこれから作る予定だと言う。
将来、どんな感じに出来上がるんだろうと想像できるのは、建設途中のリゾートでしか味わえない貴著な体験だ。
スカウリゾートに決めた理由
キナバタンガン川に沿ったスカウ村には、いくつかのリゾートホテルがある。情報が少ないため、手配の段階でどこにしようか手がかりがつかめないでいた。写真を見るかぎりどこも大きな差はないように思われる。
どのリゾートでも宿泊には基本的に朝と夕の1日2回のリバークルーズ、それから食事が付いている。違いがあるとしたら、客室から川が眺められるとか、テラスが川に面しているとか、食事の内容とか、そんなところだろ。我が家は結局、ジスコ・ボルネオ旅行社さんの強いすすめもあってスカウリゾートに決めた。
建設途中ということは、きっと客室などが新しいだろうと思われたことと、わたしたちが初めてのゲストということで、新鮮なサービスが受けられるんじゃないかと期待してのことだった。
正直、一抹の不安もあったのだが、来てみると思惑通りだったので大満足。うははは。敷地内にはオラウータンの好きなイチジクの実がたくさんなっている。これなら野生のオラウータンとの遭遇確立も高いぞ。
実際、わたしたちの部屋のすぐ正面にオラウータンが現れてびっくり。大人も子供も大興奮だった。では、部屋でさっとシャワーを浴びて着替えたら、ランチをいただきに行こう!
スカウリゾートのレストラン
太陽の光も届かないような高い木々が繁る坂を登っていくと、レストラン棟がある。ゆくゆくはここに、各客室とレストランをつなぐボードウォークを作るらしい。それは確かに便利で歩きやすいだろうけど、こうして湿った木陰の地面を歩くことがなくなるのは、ちょっと寂しい感じがする。
坂を上った先にあるレストランは、板張りのテラスに屋根をくっつけたような作りで、入り口はもちろん壁や柵もない。どこからでもひょいとレストランの床に飛び乗れる。
ランチビュッフェ
んん~~、いい匂いがしてきた☆ランチはビュッフェスタイル。湯気が立つ料理が大きな皿にずらっと並んでいる。ああ、美味しそう♪
今日はすでに、朝食を2回食べたうえ、スカウに来る途中のドライブインでもカレーやらナンやらを食べているのに、いったいどこにそんなに入るんだ、とあきれるくらい、またまたおかわりをしていっぱいいただくのだった。
オラウータンがやってくる!
食事が終わったら、レストラン棟の屋上にあるルーフテラスに登って、景色を眺めてみる。
「オラウータン見えないかな?」
「これこれ、オラウータンは絶滅が危惧されている希少な生き物だよ。いくらなんでも着いた早々簡単に見れるもんじゃないよ」
<人生そんなに甘くない>という意味を含めこどもたちに諭したつもりだったのに、その直後、いとも簡単に見えちゃいました。
「何あれ?」
レストランの反対側は谷になっていて、テラスから谷の木々やむこう側の丘まで見渡せる。よく見ると、そのむこうの丘の斜面から、テラスのすぐ下の谷にむかって、木々が順番に揺れている。ちょうどこれと同じ現象をついさっき見たぞ。そう、セピロックオラウータンリハビリテーションセンターだ。
餌付けが始まると、木々が揺れ始め、その揺れている部分がゆっくり移動し、最後にオラウータンが姿を現す。枝がしなるように揺れるのは、オラウータンが森を移動している時に見られる現象なのだ。そのことをカイが覚えていて、「これはオラウータンが移動してるんだよ、間違いない!」と声をあげる。
オオ~~、いきなりビッグチャンス!
人生、甘い時は甘いんですね!
テラスの上から見る限り、木の揺れは、わたしたちの部屋のほうへ移動しているみたいだぞ。そりゃ急げ!と、それこそカイなんか転げ落ちるほど急いで屋根から降り、わたしたちの部屋を目指して猛ダッシュ。すると、おお~~おお~~、い、いたぁーー!☆
私たちの部屋の前で、それも玄関のドアのすぐ前で、野生のオラウータンがもっしゃもっしゃといちじくの実を食べているではないか!
すげぇー!どはははははーー、いや~~よかったねー、いきなり大物が見れて。これでわざわざスカウまで来たかいがあったというもんだ。
ランチタイムが終わった私たちはこどもたちと息を殺して、ランチタイム中のボルネオオラウータンの様子を、至近距離で観察するのだった。
スカウリゾートの地図
それ行け!子連れ洗濯のテクニック
オラウータンが森へ帰り、わたしたちもひとまず部屋に戻る。部屋に戻ってたまっている洗濯をしなくてはならない。そう、たまっている洗濯!ああーー。大人だけの旅行なら、お金を払ってホテルのランドリーサービスを受けるのもいいだろう。洗濯しなくても困らないように、あらかじめ多めに着替えを持って行くこともそれほど大変ではない。
ところが子連れではこうはいかない。荷物が多くなりがちだから、多めに着替えを持って行くことは難しいし、こどもの靴下やパンツまでホテルのランドリーサービスに出していては、お金があっと言う間になくなってしまう。
我が家が、海外旅行で極力コンドミニアムやアパートメントに泊まるのは、もちろんキッチンがあって自分たちのペースで食事ができる点が大きいけど、洗濯機があることも大きな理由だ。でも、いつも旅行先に洗濯機が完備されたコンドミニアムがあるわけではない。今回のボルネオ旅行でも宿泊はすべてホテルなので、洗濯は自分たちでおこなわなければならない。
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そこで、じゃじゃぁ~~ん☆今回は子連れ旅行の洗濯に困らない「それ行け!子連れ洗濯のテクニック」をご紹介しよう。目的は時間の節約。基本方針は洗濯する量を極力減らすこと。
我が家は、ボルネオのような南の国に旅行する時、わたしもこどもたちも基本的に水着、いわゆる海パンですごす。だから下着のパンツを洗濯することはほとんどない。クロックスかサンダルなので靴下もほとんど履かない。Tシャツは綿のものは避ける。ラッシュガードや、サッカーシャツのように速乾性にすぐれた素材を使ったシャツなら、洗ってもすぐ乾くので便利。
洗う時は、洗面台に水をためて、洗剤(ない時は部屋のアメニティのシャンプーやボデイーソープでOK)を入れて手でもみ洗いをする。そのあと水ですすぐ。シャワーをあびながら足元に洗濯物を置いて、足で踏みながら、髪や身体と同時に洗うのもアリ。
小型のばけつでたためるものがあるが、これはものすごく重宝する。これに洗濯物を入れて水を入れて洗剤をいれてしばらく放置しておくだけでもかなりきれいになる。あとはシャワーの時、足元に置いて踏み洗い、すすぎをするだけ。
しぼる時はバスタオルを洗濯物にあててパンパンたたけばタオルが水分を吸収するので乾きやすくなる。どうしても早く乾かしたい時は、部屋にあるヘヤードライヤーを使えば、比較的短時間に乾かすことができる。乾かす時は、室内でもエアコンの風があたる場所に干せばだいたい一晩で乾く。風や日光が当たるバルコニーがあれば、もっと早く乾く。
もちろん潔癖性で徹底的に洗濯をしたいお母さんはにはこんな方法は野蛮ですね。お好みのやり方でお気にすむままじっくり洗濯して下さい。
さて洗濯がひととおり終わって、屋根の上のルーフバルコニーに洗った物を干す。屋根の上だから風もあたるし日差しも強いのですぐ乾くだろう。
旅育・ボルネオで植樹体験
洗濯が終わった頃、ちょうど植林・植樹の時間になった。ガイドさんのあとを付いて、川のほとりにある広場へ降りてゆく。1人1本ずつ、自分の名前が書かれたタグがついている苗木を植えるのだ。植えると言っても、植える場所には、あらかじめスタッフが穴を掘っておいてくれてるので、苗木をその穴に入れるだけの作業だ。入れたらまわりに盛ってある土をはらはらと穴の中に入れて埋める。
そして植え終わったら、おおきな如雨露で水をたっぷりあげておしまい。
簡単な作業ではあるが、ボルネオの大地にこどもたちといっしょに家族の手で熱帯雨林の苗木を植えたことは旅育の観点からもスタディツアーの観点からもとても貴重な体験だ。植えた木の名前は忘れましたが、おそらくブナのような常緑で背の高い木だろう。やがて熱帯雨林になる大きな木だ。
失われた広大な熱帯雨林を再生する小さな1本だけど、やがて空を覆う立派な枝や葉を茂らす大木に成長し、ボルネオの豊かな緑を育む1本になって欲しい。
いつかまたこの地に帰ってきた時、この木がどんな姿をしているのか見るのが楽しみだ。
スタディスターにおすすめの行き先10選(広告じゃないよ)
スカウ・キナバタンガン川でサンセットリバークルーズ
子連れスカウ観光のハイライト
植林植樹体験が終わって、部屋でひと休みしていたらリバークルーズの時間になった。スカウ村周辺には、ボルネ有数の大河キナバタンガン川の支流が迷路のように枝分かれして流れている。そこを小型ボートに乗って探検する「ジャングルリバークルーズ」体験は、スカウ観光のハイライトだ。
残念なことに、このあたりもアブラヤシのプランテーションを造成するためもともとあった熱帯雨林が、気の遠くなるくらいの規模で伐採されている。現在はわずかにキナバタンガン川に沿った狭いエリアに細々と森が残っている状態。
皮肉にもそのため、多くの動物たちが川沿いに集まっており、スカウのリバークルーズでは、ボルネオ固有の動物たちと遭遇する確立が高くなっているのだ。
ジャングルリバークルーズに出発
部屋から出てガイドさんのあとを着いて川のほうへ降りてゆく。さっき植林をした川沿いの広場を通り過ぎたところに細長いボートが停留していた。
「あれに乗るのか~」
こどもたちがわくわくしながら声をあげる。2列になってボートに乗り込み、さあ、ジャングルリバークルーズに出発だ。
防水カメラなら大丈夫
空を見上げると、鉛色のどんよりした雲がジャングルの緑のすぐ上に、もくもくと迫っている。
こりゃースコールがくるぞ。わたしは一眼レフカメラとビデオを濡れないようバックにしまい、替わりに防水カメラを用意する。これはもともとこどもたちとプールや海で水中写真を撮るために買ったカメラだが、こんな雨の日の撮影にも威力を発揮するからありがたい。
何しろこんな小型カメラで700万画素もある。デジタルカメラの画素数が100万画素を越えて大騒ぎしていた頃と比べると考えられない性能だ。しかも水深10メートルまでこのまま潜って撮影できるというから、本当に日本のテクノロジーはすごいね。水に潜っても大丈夫なので、当然激しいスコールだって平気で撮影できる。
スコール
ボートは川岸を離れ、広い川面に滑り出す。水を切る音とエンジンの唸る音が、周囲の森に響き渡る。木々に覆われた森と違い、川の上は開放感いっぱいだ。風を受けて颯爽とすすむボートは、川の流れに逆らって上流を目指している。おお~~気持ちいい。その時、ほほにつめたい感触があった。
「あ、雨だ」
最初はぽつりぽつり、気付かない程度のささやかな雨粒が、あっと言う間に本降りに変わる。そうこうするうちにバケツの底が抜けたようなすさまじい土砂降りになった。
「ぎゃ~~!」「痛てぇ~」
ボートのスピードで加速された雨が顔にあたると、も~痛いったらありゃしない。目なんかあけていられません。まるで銃弾射撃を浴びているようだ。あわててガイドさんがボートの速度を落とすと、少し楽になった。ふ~死ぬかと思ったよ。
雨の様子を見てガイドのアミンさんは、このまま続けるか、中止にするか参加者たちに聞いてくる。でもこのボートの乗客で、「それならやめましょう」なんて答える人は誰もいない。だってこのリバークルーズのためにここまで来たんだから。雨が降ろうが槍が降ろうが、かまうもんかー、っていうノリで、もうみんないけいけですよ。
人生何事も体験が大事です。
「それじゃ、続けましょう」
「いえーい、スコールなんかにまけないぞ!」
テングザル
しばらくすると雨が小ぶりになってきたのでリバークルーズ再開。ボートはしばらく本流を遡り、それからとふっと横道に消えるように、支流に入っていった。支流に入った途端、さっきまでの明るい開放的な雰囲気が一転し、水路の両側にうっそうと繁るジャングルが迫る、いかにも何かが潜んでいるような緊迫した空間に変わった。
おお~~、これはすごい、木々の枝も先のほうは水に浸かっている。その生命力溢れる茂みからはいろいろな生き物の鳴き声や息遣いが響いてくる。その時アミンさんがボートの速度を落とし、川面を覆う大木の下のほうに入っていった。
「この上にテングザルがいます」
「まじかよー」「え、いきなり」
アミンさんが指差す方を見上げると、あ、いたいた、テングザルの群れだ!本当に天狗のように鼻がびろ~~んと大きく伸びているんだね。アミンさんの説明では、鼻が大きいのはオスだけ。そして大きければ大きいほどメスにモテルとのこと。へ~、そうゆーことですか。
夕映えのキナバタンガン川
そのうち雨が完全に上がって絶好の観察状態になった。その後、さらに支流を遡り、オナガザルやカニクイザル、ワニ、オオトカゲ、サイチョウ、などたくさんの生き物たちを見ることができた。
最初見た時、あんなに興奮したテングザルも、たくさん見過ぎて、しまいには「またか」状態。帰路に着く頃には、雨も完全に上がり、キナバタンガン川の空に真っ赤な夕映えが広がっていた。
スカウリゾートのディナー
リバークルーズが終わって部屋に戻りシャワーを浴び終わった頃、部屋のドアをたたく音がする。何だろうと思って出てみると、スタッフが立っていた。
「ディナーの用意が出来ました」
こんな時(お腹が減ったとき)ちゃっちゃっと物事が運ぶのはありがたい。これがヨーロッパのリゾートなら、軽くあと1~2時間は待たされる。ヨーロッパのリゾートでは夕食が始まるのは一般的に午後9時〜10時くらい。そんな遅い時間まで夕食を待つのは、お腹をすかした子供がいる家族にはものすごくつらい。断食修行に来たわけじゃないんですから。
それがアジアのリゾートでは、ほとんど無駄な時間なくスケジュールが遂行されてゆく。それはここボルネオも例外ではないようだ。ただ、逆に効率的にことが運ぶアジアのシステムは、ヨーロッパの旅行者にはせわしなく映るかもしれない。
ジャングルの闇夜に浮かぶレストラン
レストランへ行くと、もうテーブルの用意が終わっていた。ほんのりと灯りが灯るレストランは、夜の熱帯雨林に浮かび上がり、昼間とは全く雰囲気が違う。まるでキャンプ場にロマンチックなレストランが引っ越して来たみたいだ。
「さあお好きなものをご自由にお取りになって下さい」
支配人のあいさつに続いて、ビュッフェスタイルの夕食が始まる。
「おおこれめっちゃ美味い!」
カイが涙を流しながらてんこ盛りにしたのは昼間なかった「焼きそば」。そんなに絶賛するなら味見してみよう。どれどれ、だっ、なんだこれ!?激ヤバ!!あまりの美味しさにわたしもつい、何杯もおかわりをしてしまうのだった。
民族舞踊のおもてなし
食事が終わったのを見計らって、スタッフによる民族舞踊の披露がはじまった。豪華な衣装もきらびやかな照明もないが、何もない中でなんとかお客をもてなそうという意気込みが感じられる。あらゆるものが整備されたゴージャスなリゾートホテルでは味わえない、真心こもった手作りのおもてなしに、心の芯まで暖かくなるのだった。
最後はゲストもスタッフも全員で肩を組んで、踊って笑って楽しいジャングルの晩餐が過ぎていった。
サンライズリバークルーズ
幻のギボンの歌声
ドンドンドン!ノックする音に目が覚める。「パパー、スタッフの人だよ」ドアを開けに行ったリュウが振りむいて大きな声で言う。時計を見ると午前6時前。
「モーニングクルーズの船が出発します」ええ、もうそげな時間?超特急で着替えて、川へダッシュだ!
部屋の外へ出ると、おお~~、こりゃまた肌寒いくらいだね。得体の知れない鳴き声がジャングルから響いて来る。その中でひときわ大きな声があった。それはただ大きいだけでなく、緑の雫がはじけるような瑞々しい歌声のよう。
「あれが、ギボンです」
ガイドのアミンさんが振り返りながら説明する。
滅多に姿を見る事のない「幻の珍獣」=ボルネオギボン。地元の人は単に「ギボン」と読んでいる。ギボンはテナガザルの仲間で、早朝、歌のような鳴き声を発する。姿を確認するのはとても難しいが、ジャングルに響き渡る声で、その「存在」は簡単にわかるのだ。
普段は熱帯雨林の樹上~地上30~40mで生活しており、それゆえ森の減少はギボンの生存を脅かす。現在、ボルネオギボンはその他の多くのボルネオ固有種と同じく、絶滅危惧種に指定されている。
エンジンが止まった
さて、我々が乗ったボートはゆっくり岸を離れ、夜明け前のキナバタンガン川へ滑り出してゆく。
空気がひんやりしていてとても気持ちいい。岸辺の森の枝をカニクイザルの群れが飛び交っている。サンセットクルーズと比べてあきらかに違うのは、虫でも鳥でも動物でも、とにかく鳴き声が凄まじいことだ。音に溢れた熱帯雨林を、風を切ってボートで進むのはなかなかいい感じだぞ。
今朝はどんな動物が見れるか楽しみだな、とわくわくしていたら、突然エンジンが止まった。その瞬間、それまでエンジンの音に消されていた生き物たちの鳴き声まで、いっせいに耳に飛び込んでくる。これはなかなかいいはからいですね、とアミンさんのほうを見ると、ちょっと様子が違うようだ。
何やらあせった表情で、何度もエンジンをかけなおそうとしている。ん~~?どうやら森の音を聞く粋なはからいではなく、たまたまこのタイミングでエンジンにトラブルが発生したらしい。アミンさんがいくらがんばってもうんともすんとも言わないエンジン。とうとうあきらめて、いったんホテルに帰りますと言いだした。ありゃありゃ、ダイジョーブ?
わたしたちはホテルから上流にむかって出発したので、エンジンが止まっても川の流れにのればホテルの桟橋に帰り着くことは難しい事ではない。そーか、じゃなんとかなりそうだね。アミンさんは携帯電話でしきりに誰かと話している。そしてボートがホテルの桟橋に戻ったときには、別のスタッフが新しいエンジンを用意して待っていた。
こんなジャンングルの奥でもきっちり携帯は繋がるんだね。便利な世の中になったものだ。
朝焼けのリバークルーズ
てきぱきとエンジンを積み替えたら、再出発だ。
微光が帯をなす朝焼けの空を、色鮮やかなサイチョウが横切る。岸辺の木々を、テングザルの群れが移動している。森も空も水も、そこにあるすべての空気の粒子に浸透し、そしてわたしたちの体さえつらぬく、ギボンの歌声。
ゆっくり移動する船の上から朝日に輝く森の枝葉に目を細めながら、支流の突き当たりにある秘密の(っぽい)湖まで行き、ぐるっとひとまわり探検して早朝のジャングルクルーズを満喫するのであった。
スカウリゾートとお別れ
モーングクルーズから戻ると、お腹がぺこぺこ。「食事の用意はできていますから」というアミンさんの言葉に促されてレストランへ向かうと、う~~ん、いい香りが漂ってきた。
「やった~、朝ごはんが食べれる」「うわー美味しそう~」
早朝からリバークルーズをして、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだから食欲ももりもり。わたしたちは木から降りたサルのように、夢中になってできたての朝食をいただくのであった。
さて、食事が終わったら、いよいよ旅立ちの時だ。パッキングした荷物をスタッフが部屋まで取りに来る。忘れ物がないかもう一度確認してドアの外に出ると、支配人をはじめスタッフたちがニコニコしながら立っていた。どうやら支配人のあいさつがあるらしい。わたしたちが部屋から出てきたのを確認して、支配人が話し始める。
「今回の旅行でこのホテルを選んでいただいてありがとうございました」
まずお礼を述べる。
「ホテルはまだ建設途中で、いろいろ不便なこともおかけしましたが、どうかまた機会があったらここに戻って来て下さい。その時は今よりもっと設備も完成していると思います」
ふむふむ、さらに続く。
「ここは貧しい村ですが、ホテルができたことで村人の雇用もまかなっているし、村をあげてゲストをもてなしたいと思っています。自分もこの村の出身ですが、村のためにホテルを繁栄させることが、ゲストにも喜んでいただけると思うし、ボルネオの自然を守ることに繋がると思っています」
このホテルがなかったら、村人たちは森の木を伐採し、それを売って生活しなければならない。
でも観光が盛んになれば、村人たちは熱帯雨林を破壊しなくても生活していけるようになる。そして観光を盛んにするためには、ボルネオの売りである自然を大切に守っていくことが求められる。つまり観光産業と自然保護は、両立できるということだ。
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スタッフ総出のお見送り
支配人のあいさつが終わり、森の中のボードォークを歩いて道路のほうへむかう。そう言えばこのホテルに滞在中は、一度も車を見なかったな。道路が近づくと人の気配がしてきた。なんとすべてのスタッフが総出で、わたしたちの旅立ちを見送ってくれるようだ。おお~なんちゅ~ことをしてくれはりまんねん、つるはせんねん。
1人1人全員と握手をかわして車に乗り込む。さらに走り出した車の窓に手をさしのべて、お別れの名残り惜しむスタッフもいる。わざわざこんな田舎の村にまでやってきた遠い国の旅行者に、心から感謝の気持ちを抱いているのだろう。
土ぼこりをあげて走り出す車。この村の発展と自然保護を願って、わたしたちは川風がそよぐスカウ村を後にした。
この記事があなたの子連れボルネオ島旅行の参考になったならとってもうれしいです。
それではどこかでまたお会いしましょう。良いご旅行を!
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