エジプト考古学博物館とツタンカーメン王の秘宝

2019年2月22日

エジプト考古学博物館
エジプト考古学博物館

概要

エジプト考古学博物館
場所 カイロ・エジプト
代表的な作品 ツタンカーメン王の黄金のマスク、クフ王像、ラムセス2世のミイラなど
収蔵品数 20万点以上
料金(2020年5月時点)
  • 大人160EGP、学生80EGP、夜間営業は220EGP(学生110EGP)
  • 写真撮影許可証50EGP、ビデオ撮影300EGP、
  • ミイラ室180EGP(学生90EGP)
  • 6歳未満の子どもは無料
開館時間
  • 9:00-17:00 
  • 木、日曜は9:00-17:00と17:30〜21:00の夜間営業 
  • 無休
公式サイト 現在閉鎖中

人間の数奇な運命

人の運命とは数奇なものだ。

夢がかなわず挫折し、別の道を歩むと、思いもかけず大成することがある。

ウルトラマンやゴジラの生みの親である円谷英二監督の少年の頃の夢は、

飛行機のパイロットになることだった。

正面入り口に奥に鎮座するアメンヘテプ3世と王妃ティイの座像。ティイは王族の出身でなかったにもかかわらず王妃の座まで登り詰め、宗教改革や王宮移転を実行した実力者だった

円谷は希望に胸をふくらませ、家族の大反対を押切って、羽田に出来た「日本飛行学校」に入学する。15歳の秋のことだ。しかし1機しかない飛行機が墜落してしまったため(当時飛行機は今と比べ物にならないほど高価だった)同校は廃校になってしまう。

失意のうち円谷は進路変更を余儀なくされ、玩具の製作を手伝っているうちに、映画の世界との接点があわられてくる。

わたしが小学生の頃、「大きくなったら何になりたい?」と聞かれれば、クラスの男の子の半分くらいが「怪獣映画の監督」と答えていた。(円谷英二は「特撮の神様」として世界的に高い評価を受けていた。邦画で初めて全米公開された映画は「ゴジラ」)

もし、日本飛行学校が順調に発展していたら、円谷は別の人生を歩んでいたかもしれない。そしてウルトラマンもゴジラもこの世になかっただろう。

  1. カーアペル立像。サッカラで発見された約4500年前の神官の像。木像彫刻としては世界最古。発見された村の村長と似ていたことから「村長像」とも呼ばれている
  2. 第2ピラミッドやスフィンクスなどを建造したとされるカフラー王の像。閃緑石で出来ている
  3. クフ王の像。エジプト最大のピラミッドを作った偉大な王の像はたったの7cm。なんでぇ~~?クフ王に関する「もの」はこれしか見つかっていない

円谷の夢をたくした日本飛行学校が挫折した1917年、海のむこうのエジプトでは、やはり数奇な運命で出会った2人のイギリス人が、世紀の大発見にむかって最初のひと堀を開始していた。

2人のイギリス人とはジョージ・ハーバード・カーナボン卿とハワード・カーターだ。

ハワード・カーターは、イングランド東部のスワッファムという小さな町で9人兄弟の末っ子として生まれた。父は動物画家で貧しい暮らしだったが、カーターは子供の頃から父譲りの絵の才能があり、学校を出ると絵を書いて家の暮らしを助けていた。当時イギリスでは植民地であるエジプト考古学が大変なブームになっており、学者は遺跡からの出土品を記録するため画家の助けを借りていた。絵の才能を買われたカーターは、エジプト学者のニューベリー博士に連れられて、エジプト調査旅行の一員として18歳でカイロに渡る。そこでエジプトの魅力に取り憑かれ、独学で考古学を学び始めた。そしてエジプト博物館の館員に採用され、めきめきと頭角をあらわし、26歳で地方建造物主席監督にまで昇進するのだ。

一方、イギリス貴族の裕福な家庭で育ったカーナボン卿は、自動車事故にあい重度の障害を負う。スポーツマンだった彼を失意の底に落したこの事故が、その後の運命を変えていく。後遺症に悩む彼は医者のすすめで、冬の間は暖かいエジプトで過ごすようになる。そこでやはりエジプト考古学の魅力にとりつかれ、遺跡発掘の資金提供者を探していたカーターと出会うのだ。

不思議な運命の導きによってカイロで出会ったカーターとカーナボン卿。しかし、2人が王家の谷の発掘調査を開始した1917年、すでにその一帯はさんざん掘り尽くされたあとで、もう何も出ない、と言われていた。

重さ110kgの純金製のツタンカーメンの棺。3層構造になっていて、博物館にあるのは第2の棺と第3の棺。第3の棺の中に黄金のマスクをかぶった王のミイラが眠っていた。第1の棺は王家の谷にある

エジプト考古学博物館

世紀の大発見

予想通り、発掘は難航を極め、発掘開始から5年の歳月が過ぎ、カーナボン卿も銀行からこれ以上の融資の継続は困難だと告げられる。そして今年何も成果が出なかったら発掘中止になるという1922年の11月4日早朝、発掘調査隊は、ラムセス6世の墓を作る時の人夫小屋跡の下から、ツタンカーメン王の墓へ通じる階段を発見したのだ。

さらに11月26日には王墓の前室に到達。ツタンカーメンの王墓は、地下へ下る階段、階段から続く通路、前室、副部屋、玄室、宝物庫から構成されているが、カーターが前室の扉の穴から中をのぞいた時、見事な宝物で天井まで埋めつくされていたという。そのため部屋中が金色に輝いて見えた。

扉の中をのぞくカーターに、カーナボン卿が問いかける。

「何か見えるかね、カーター君」

「ええ、素晴らしいものが」

それは17年の歳月をかけた男たちの、夢が実現する瞬間であり、3300年間誰にも知られずに存在した部屋へ入る瞬間の感動を、凝縮した会話だった。

それからさらに数年をかけて、カーターたちは、黄金のマスクや、王のミイラ、黄金の棺、黄金の玉座など、2500点にのぼる財宝、副葬品を発掘する。

王家の谷にある60以上の墓はすべて過去に盗掘者たちによって荒らされ、副葬品が持ち去られていた。ツタンカーメンの王墓が、20世紀最大の発見として、世界中に興奮の渦を巻き起こしたのは、3300年以上の歴史を経て、ほぼ埋葬時の姿そのままで発見されたからだ。

ツタンカーメン王

ツタンカーメン王の黄金のマスク

ツタンカーメン王の黄金のマスク。高さ54cm、幅39.3cm。ツタンカーメンの肖像をかたどったとされている。王のミイラの頭部を覆っていた

ツタンカーメン王の墓が盗掘を免れた大きな理由は、ラムセス6世の墓を建造する際、人夫小屋が王の墓の入り口をふさぐかたちで作られたからだ。一度、ツタンカーメン王の墓にも盗掘者が進入した形跡はある。しかし幸いにもほとんど何も盗まれずにすんでいる。おそらく盗掘者たちは盗掘中に見つかったのではないか、そしてその後、盗掘を防ぐ目的で、入り口が人夫小屋のためにふさがれたものと思われる。

ツタンカーメ王自体は、王表にも名前が載らないほど、古代エジプトにおいて大きな権力を持った王ではなかった。9歳で即位し18歳までの約9年間が王位にあった時期。そしてわずか18歳で、その短い一生を終えている。

不遇の少年王は、どんな夢を持っていたのだろうか?

あまりにも短い一生のため、多くが謎に包まれたツタンカーメンだが、やはり年の若い王妃、アンケセナーメンとても仲がよかったらしいということがわかっている。さまざまな政争にまきこまれ心休まる間のなかった少年王にとって、アンケセナーメン王妃と過ごすひとときは、唯一の安らぎの時間だったのではないだろうか。

ツタンカーメンの王墓から発掘された王の玉座には、若きツタンカーメン王と、アンケセナーメン王妃の仲睦まじい様子が描かれている.

美しい花束

カーターたちが初めてツタンカーメン王の玄室に入った時、王の棺の上には枯れた花束がそっと置かれていた。葬儀の際、アンケセナーメン王妃が供えた花束だ。玄室は3300年前の葬儀の時の、そのままの状態だったのだ。

数奇な運命をたどり若干18歳でこの世を去った少年王。王妃はいったいどんな気持ちでその花束を王棺にそえたのだろうか?

3300年の時を越えたその花束を見た時、カーターは次のように述べている。

「墓の中はどこも黄金で包まれていたが、しかしどの輝きよりも、その枯れた花の方が美しいと、私は思った」



*王妃が供えた花束は考古学博物館のツタカーメンの秘宝室に展示されています。

ツタンカーメンの秘宝

  1. 王宮でくつろぐ王と王妃の様子が描かれた黄金の王座。王座の高さは104cm、幅53cm、奥行き64.5cm
  2. カノプス壷。ミイラにするため遺体から取り出された内蔵を入れるための壷。4つに分かれている
  3. カノプス厨子。カノポス壷を入れた小型棺が入っている厨子。4面を守るように立っている女神像が印象的
  4. アヌビス厨子。アヌビス神は金箔が施され目には黒曜石、爪には銀が用いられている。アヌビス神が座っている厨子に中には宝石や護符がおさめられていた

現在、地球上に存在している美実品の中で最高傑作と讃えられる「黄金のマスク」や、黄金の棺、黄金の玉座、カノポス厨子、などツタンカーメン王の墓から発掘された副葬品の多くは、博物館2階の「ツタンカーメンの部屋」に展示されている。室内は冷房が効いていて快適だが、大変な混雑なので覚悟しよう。団体客が帰ったあとの夕方近くの時間帯が比較的すいている。

王表にも載らないほど権力がなかったツタンカーメン王でさえ、これほどの副葬品が埋葬されている。もっと偉大なファラオたちの埋葬品はどれほどのものだったのだろか?

                   ムセス2世の像と館内の様子

ミイラ室

ミイラ室は2階南側にあるが、2カ所にわかれている。ラムセス2世のミイラなど、今にも動きだしそうな状態で保存、展示されていて、すごい迫力。なおツタンカーメン王のミイラはルクソール近郊、王家の谷にあるツタンカーメン王の墓にある。

ミイラ室の入場は別料金で大人100エジプシャンポンド、子供50エジプシャンポンド。

  1. アケナテン王の立像。高ささは310cmもあるアマルナ芸術の特徴がよく出ている。アケナテン王は古代エジプト18王朝第9代のファラオ。ルクソール神殿を建設した。
  2. ホルス神に守護される子供のラムセス2世像

その他データ

  • 展示品の解説がほとんどないため、ガイドとしっしょにまわることを強くおすすめする。
  • トイレは、1階正面入り口両側にある。
  • 売店は入り口に入って左側。写真集、ポスター等を販売している。飲料水は販売していない。
  • ツタンカーメンの部屋、ミイラの部屋以外は冷房が効いていなく、とても暑い。
  • 館内はとても広く、ゆっくり見てわまると1日かかる。そのうえ冷房がないので、飲料水は必ず持参しよう。